エッセイ4

友達と遊んだ。
付き合いは20年になる。小学校からの付き合いだ。
30を過ぎてもどこか童心を残して遊べることに、心の隅で感動を覚える。

始めに、前々からやろうと言っていたテニスにやりにいった。
といっても、私は未経験に近いし、相手は経験者だから、
合わせてもらいつつ、さながらボールを追いかける犬のように
右へ左へ走り回ることになる。

1時間そこそこに走った後は、自分の希望でボウリングに行くこととなった。
3ゲーム1400円、5ゲーム特別価格1000円。
1000円の方に飛びついた。(後に指の皮が剥けて後悔する)
5ゲームのアベレージ120くらい。満足。
その後はカードゲームとかスプラトゥーンとかで遊ぶ。
晩御飯は寿司、回る。ラーメンを頼む。

遊ぶ内容は子供の頃からあまり変わらない。
ただ、年齢を重ね、車を乗りこなし、ゲームを買い漁ることが
出来るようになり、恋人と付き合い、別れ、お互い相応の時を重ね、
どこか錆びてくすんでしまった自分が元の輝きに触れることが出来る時間。

エッセイ3

今日は久々に友達とゲームをして遊んだ。

この歳になると遊べる人も少なくなってくるし、

人生が広がっていくというよりは、取捨選択されたものに

狭まっていくような感じになる。

資格勉強頑張って自分の可能性を増やしていかないと詰むな〜〜〜

 

エッセイ2

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即席ラーメンを食べながらこの記事を書いた。

即席ラーメンみたいにエッセイを即席に書ければいいのにとよく思う。

ちなみに今、顔の下にどんぶりがあるので、湯気で顔が潤っている。

 

ここ半年くらい、朝5時に起きて勉強をしていて、

さっきも軽く勉強をやっていた。写真はその時のもの。

 

これだけ頑張ったんだから身につくとか、合格するとか、

そういう考えはまだまだ甘くて意味がないのだと思いつつ、

努力の量や時間について、どうしても甘く評価したくなるのも事実。

 

本番までどれくらい頑張れるかなあー

エッセイ1

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夏休み

蝉の声、眩しい朝日、網戸、ラジオ体操

夏休みの友、自由研究、灼けたアスファルト

 

夏休みというと、色々な思い出があるはずだけど、

何故か色濃く覚えているのは、ある日の朝。

 

起きてすぐ、ゲームをして、途中だったからテレビの電源だけを消し、

ゲーム機を点けっぱなしにしてラジオ体操に行った。

帰ってきて、ゲーム機を点けっぱなしにしてたことを忘れて、

そのまま、ゲーム機のコンセントを抜いたか何かした。

 

初めての夏休み、初日に夏休みの友を終わらせて、

親に見せにいったら、字が汚いという理由で全部消されて泣いた。

 

学校のプールに行くとき、使ってはだめな自転車に乗って、

学校の近所の神社に隠して、歩いてプールに来たフリをした。

黒にオレンジの色が入った水着入れだった。

 

あれだけ何日もあった夏休みなのに、ほとんど覚えてないんだよなあ。

今週末はpixel art park4に行きます

ここ1年半くらいずっとうつうつとしていたのだけど、
やっとこちょっと元気が出たのでpixel art park4に行くことにした。

切符買いに行くため駅中に行くだけで色々と思いだし、うわーきっつ、
キオスクはなんでどこもかしこも同じ見た目なんだ!という
謎意識が湧きあがってきたりして、これじゃ日本中どこに逃げても
駅中でやられてしまうと考えたり。

出展を見た後は、文京区に足を延ばして白山神社にお参りする予定。

それは突然やってくる

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なんだか眠れなくて起きていたら、
自分はなんでこんなに我慢していい子してるんだろうと思った。

いたたまれない気持ちになり、私は牛丼を買いに行った。
遅い時間、田舎の牛丼屋、楽しそうに喋る若者。
それらをくぐり抜け、親切な店員から牛丼を買い、食べる瞬間の写真。

職場、どうでも良いことに神経を使い、
上司が愚痴るのを聞かぬふりして
馬鹿にされていることも知らぬふりをしていい子にしているが、
それで得たものはなんだったのか?

偉い人がいないせいで仕事が進まないという上司、
あなたは見通しが甘すぎる。

仕事が多いと嘆くおばちゃん。
もっとうまいやり方を自分で考えてくれ。

上司の「めんどくせえなあ」という言葉や
「XXくんならいつでもどれだけでも借りてっていいよ」という
そんな趣旨の言葉を聞きながら色々な思いを抱き、
おばちゃんの息子の野球の結果、そんなどうでもいい、
蚊の生き死によりどうでもいいことを笑顔で聴いていたけど、
あなた達二人が例え明日死んでも、私はなんとも思わない。
ああ、死んだ。
信号機が赤から青に変わる程度の驚きしか生まない。

そんなことを思いながら、私は今だけ悪い子になって夜の牛丼を食べている。
思っていたことを1割も言葉に出来ない自分を呪いながら。

書きながら泣いた

生きていると、突然文章を書きたくなる夜があって、それが今だった。

Tumblrをぐるぐると巡っていると、VHSのB級映画のパケ画像が流れてきた。
普段は特別気にするわけでもないけれど、なんとなくパケの文章を読んでみた。
読んでいるうちに、昔母親が買ってきてくれた、ピンクパンサーの映画を思い出した。

母親が好きだったピンクパンサー、何故かそれを実写化し、映画化したものがあり、
母親は楽しいアニメーション(私は昔トムとジェリーが好きだったので)だと思って
買ってきたようだった。
内容は全く頭に残ってはいなかったが、二人一緒に、
「あまりおもしろくないね」と感じたのははっきりと覚えている。

そんなことを不意に思い出した矢先、本当に本当になぜかはわからないけど、
急に、親のことを許してあげたい気持ちがぶわっと湧いてきた。
それは、親の持ってきた好意(私を喜ばせたい)という気持ちがあって、
でもうまくいかなくて...残念な映画を見た気持ちをお互いが共有した思い出が
何故かその気持ちを呼び起こした。

その瞬間の気持ちは、泣きながら喜んで走り出したいような、
でもやっぱり泣いているから悲しいような...悲喜交交とは少し違うけれど、
色んな気持ちがごちゃまぜになったような気持ちだった。
嬉しいような寂しいような、何故か涙が出てきてしまう夜だった。