2019/03/13

タイトル浮かばない時は日付にするのが一番楽。
タイトルを一番最初につける人間なので、タイトルつけない限りは
続きを書けないので...

 

日中ある放火事件のルポを読んでて、犯人、と読んでいいのか
その人がだいぶ妄想に取り憑かれていて、ってのを見て。
その人にとってはその妄想が真実であって、周りから見た事実とは
異なる世界に生きてるんだろうなーって思って。

 

その妄想って、自分にも当てはまるのかなって。
自分が辛いとか、あの人は自分をどう思ってるとか、
将来はこうなるとか、勉強やれてないとか集中できてないとか
全部妄想なんじゃないかなってふっと思ったんですね。

 

なんでそんな風に思ったのかっていうと、どれもこれも客観的に
測定できる事実ではないし、どこか現実に沿っていない、
でも自分の頭の中はそれで埋まってる...もしかしてこれ、
放火事件の犯人と同じ頭の中になってんじゃないか、妄想で埋まってるんじゃないか
そう思った時、自分現実に足ついてないなって思って。

 

事態をややこしくしたり、難しくしちゃってるのは多分自分の頭で
本当の問題はシンプルなんだろうなってふっと思ったんです。
ややこしいことの大半は、シンプルな事象の絡み合いだろうと。

 

それともう一つ気づいたこと。
自分のモチベーションって、過去に自分を大事にして貰えなかったこと、
それに対する恨みとか怒りかもしれない、とそんな風に思いました。

 

ずっと仲良かった人と急に連絡が取れなくなって、
怒って、連絡ちゃんと頂戴よ、って言って、連絡が来たんだけど
なんか違和感がある。昔みたいに連絡楽しむって感覚が
あまり湧いてこない。

これはもしかすると、急に連絡を取れなかった恨みや怒りがあって、
その人に執着するエネルギーになってたんじゃないか、って。
だから、連絡が来て満足したときに、ふっとエネルギーが潰えちゃって
なんか、しりすぼみな気持ちになっちゃったのかもしれないなと。

 

車を運転しながらその恨みのエネルギーについて考えていたのだけど
このエネルギーは、人を怒ることには使えるけれど、
自分が今目指している道やその先に使えるエネルギーじゃない...
あまりにも後ろ向き過ぎて。そんな風に思いました。ふぅ。

自分が、相手が喜ぶだろう、良いと思ってくれるだろう、
そう思ってやったことが大体裏目に出ていて、ふむ...と考えることが多い。

自分は相手に対して、良い感じでいたいと思っているのに、
世間や相手にとっては、ほっぺたを何度もひっぱたくような
そんなことをしているのだろうと思う。

私の思う良いこと-相手が喜んでくれること、楽しんでくれることというのは
世間や普通の人からして大幅にずれていて、そのズレを埋めないまま
日々を過ごしているから、どんどん失うものが増えているのかもしれない。

ひとり7年

一人暮らししていつのまにか7年も経ってて、
そのことに気づいた瞬間ゾッとした。
7年の間に何も生み出してないじゃん、って。
仕事して、病気して、新しい仕事に就いて...ただ生きてきただけ。
したいこと、やりたかったこと、何一つやってない。
何も出来てない、無為に生きてきただけ。
もっといろんなことやりたかったはずなのに、形にしたかったはずなのに。

空気清浄機を買った

新しい空気清浄機を買った。
前使っていたのはP社のもので、ルーバーがスイングして気流を起こすものだったけど、
そのルーバーが動かなくなってしまったので、やむなく買い替えに。

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空気清浄機

前の空気清浄機はここに越してきてから6年持ったので、まあ良いかなと。
悲しいも楽しいも全部知っていた空気清浄機、と書くとなんかポエミーな感じがする。

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左隅に前の空気清浄機

今もこの部屋に住んでて、上の写真は昔撮ったやつなんだけど、
なんでこの写真、はてなフォトにあげてたんだろう...

好意について

好意についての誤解。

 

私は、人からの好意というものは、好かれようとした結果得られるものだと思っていた。
でもそれは大きな間違いで、好意というのは自分の行動が終わった結果、
その過程について他者が評価を下し、その結果得られるもの、
すなわち自分の行動についての残滓であることに気づいた。
好かれようとして行動する、というのが、手段と目的が逆と言われるのは
そのことを言っていたのだった。

 

自分はまさに好かれようと思って行動していて、それが全ての失敗、苦しみの現況であった。
どれだけ努力しても好かれない、満たされない、それは手段と目的を履き違えて
いたからであった。

 

そして、手段と目的を履き違えている人を他者は容易に見抜く。
それは、漫画によくあるゴマをするキャラクターのように目立つからだ。
この人は自分に好かれようとしている、その匂いがする。
その結果、雑に扱われる。自分よりも他者を優先させる人は大事にされない。

 

どうして人に好かれたいのか、それは幼少期の体験にある、としか言いたくない。
自分の人生が悲惨だとかどうだとかは本筋に関係ない。
この世界で生きていくためには人に好かれる、ということがまず必要で、
それを一定以上貯めることが出来た人が、この世界のリソースを自由に使うための
精神活動のリソースを得る。
この世界の自由とは、精神活動の健全さと引き換えに用意されている。
それは、自分が世界に好かれている、というチケットが無ければ活用できない自由である。

自分が思うままに動いても世界は自分を好きでいてくれる、
時たま失敗もあるが世界は自分を好きだ、自分は自分を好きだ、
その認知が心のエネルギーとなり、さらなる良い認知を生む。

自分は世界に好かれている、という認知がないと、人間は不安に陥る、
それは自己の存在を脅かす本能的な恐怖である。

最近運動出来てないので体力が落ちまくっているのと、

半年前に言われたことが頭の中ぐるぐるしていて精神衛生が悪い。

 

前者はジム通いで解決出来るとして...

後者をどうするか悩んでいる。

 

自分が苦しいときだけ甘えてきて、元気になったからはいさようならって

それはずるいよなあと思うし、それに加えて、

あなたは大したことがない、だとか、

他に話聴いてくれる人探せだとか、なんそんなことを

言われなくちゃいけないんだと思う。

 

他にも、こっちが送った内容についての返信を書かなくてもいい?とか

誘いのメールにも返事しなくてもいい?それなら遊んでもいいよ、とか

舐められてたんだなってすごく思う。

 

そして私はこの気持ちを相手にぶつけたいと思ってるけど、

こういう気持ちぶつけても、何か変わることってあんましなかったし、

お互いいい大人だから、このままこっちから離れていくのも

(長い付き合いだし寂しくもあるけど)しょうがないというか、

選択肢の一つかなあと思ったりしたり。

 

こういうのを世間では巻き込まれ体質、というらしいけど、

もしそうならこの体質を早く直したいと思うばっかり。